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    18 november

    特別授業第5回、

    おはようございます。今日の授業では、デジタルの世界全体のいろんな領域でいったい何が起きているのかというのをカバーする形で、デジタルへの大きな流れが生まれているのを見てゆきたいと思います。そして、今回の話が終わると、この特別授業も後3回しかないのね。その3回の中でどういう講師をお招きして、どういうお話を頂くかということの最終的な合意を今日の後半でとって行きたいと思います。

     

     

     

    デジタルの世界というのはデバイスの話だけじゃなくて、パラダイムシフト(注: 時代の変遷につれて革命的・非連続的な変化を起こす事)が起こっています。土台そのものが大きく変わることで、新しいサービス、デザイン、ビジネスモデル(ビジネス体系とお金の流れ)、社会生活から文化の領域まで変わっていきます。次世代を担う皆さんに是非考えて欲しいことは、変貌するデジタルの世界を単に受け入れると自分の生活がどのように変わるかということだけじゃなくて、こんな生き方、生活をおくりたいとイメージして、それを実現するために自らがデジタルの世界を能動的に使うという発想です。それはデジタルをどういう風に使ったらいいかなと考えることだし、こんな新しいデジタルの世界を創ってくれたら自分の考える豊かな生活が実現するかもしれないよということです。それが2つ目のテーマです。最後に、今後の講師案。いくつか出てきた中で、残りの3人をどう選定して、講師依頼を進めるかその手順を改めてお話しようと思います。 それからQ&Aまとめといします。

    では、最初、デジタルの世界。これまでのまとめとして、

     このスライドに記されている内容は、まとめの”その1”です。まとめだけで3枚のスライドがあるので、まず3分の1がここに箇条書きになっています。

    デジタルの音楽に何が起きているか、デジタル放送、電話、テレビ、パソコン。今までの授業の中でも触れたことが順次でてきますが、それ以外にお話できていなかったそれぞれの最新デジタル技術や新しいサービスなど...それらのお話を先ずしましょう。

     

     

    デジタル・ミュージックというと、MDの世界やCDを借りてきてパソコンに取り込んで、携帯型プレイヤーで聴くとかをイメージすると思いますが、もっと大きな幅広い変化がおきています。ネットから音楽をダウンロードするという環境が、皆さんの知っている音楽におけるデジタル化でしょう。

    実際には、音楽の世界ではもっと広い範囲でデジタル技術を利用したいます。まず、音楽の制作現場でデジタル技術がどのように活用されてきているのか、音楽を創るプロセスが大きく変わったというのをお話しましょう。最近のスタジオ機器、SSL,DigiDesignとかProToolsとかを知ってる人はいますか? Sound&Recording無線と実験なんて雑誌定期購読してる人はいるのかな? ....反応無し...
    昔は、音を録る、、テープに記録する、編集加工して、最後にレコードやCDのマスターを制作するというプロセスは全てアナログの世界でした。現在までには少しずつ各段階の機器ごとにデジタル化しています。例えば、録音するマスター録音装置のアナログテープがPCM録音になったのは1978年のことです。、それ以来、レコードやCDのマスターテープは2インチくらいの幅のテープにデジタル録音されています。PCM録音機器はさらに進化してポータブルVTRのベータマックステープを使うPCM F-1は1981年、DATというテープベースの録音機材は1987年に産まれ90年代初頭には普及しました(DTC-1000ESTCD-D10TCD-D7TCD-D8DTC-A8PCM-M1)、平行して1991年のMD発表は、一般消費者向けMDブームのキッカケ

    プロ用の録音装置は、AES/EBUをサポートする総合システムるOtariのDigital Archive System:DAS や24ch48chの録音装置DR-100など現在では、ALESISの24トラック、96Khzでサンプリングできハードディスクに録音できるような装置,adatHD24などが、従来のPCM録音装置の10分の1以下のコストになってしまいました。さらにそのような、専用機ではなく、PCやMacのハードディスクにFireqireやUSB2.0経由で接続した機器で録音するという環境(M-AudioRME Fireface800,) もポピュラーなものとなりつつあります。

    CDの発明は、1981年です、1982年10月1日に最初の製品CDP-101その後ポータブルCDの最初の製品D-50をデビューさせるのでした。

    音楽を取り込むスタジオのコンソールもSSL AWS900やDigiDesignのD-Control&D-Commandは48チャンネルのやつで、Venueはコンサート用に持ち運びができるもの。これらはプロ用のスタジオ機器ですから数百万円から数千万円のレンジです。 一般・個人ユーザー向けには、M-Boxを使って個人用ProToolsで取り込むシステムは、記憶装置としてMacintoshやパソコンのUSBポートもしくはIEEE1394を使ってパソコン/Macのハードディスクに直接録音できるようなシステムです。それから、デジタルMTRというミキサー+録音専用機で本体にCD-Rやハードディスクがついていて、直接音楽を編集して、ハードディスクにいれて、CDに書き込めるような装置も3万円から8万円で手に入るようになっています。いままでは、一定のクオリティの音楽をアナログ装置で制作しようとすると何百万も何千万円もしたものでしたが(いまでも、D-Contorol&D-Commandは相変わらず目玉飛び出るような価格ですけれどね)、M-Audioスタインバーグなんていうのは初期コスト3万円から4万円で、プロ用の機材に匹敵するCD音楽の4倍品質(192Kbps/24bit/16ch)の音楽をパソコンのハードディスクに録音することができます。個人用で使う録音のプロセスの中で、従来ではアナログで入力してカセットテープに落としていたものが、ハードディスクになってCD-Rに書き込めて、イコライザーやサンプリング、トーンコントロールなども掛けられるような機器が充実してきました。音楽を生成するプロセスの中でデジタル化がどんどん進んでいます。

    また、従来のコンサートではマイクロフォンから編集装置まで、そして、そこからアンプを通してスピーカーまで全てアナログ信号で伝送していました。これだと、それぞれの機器間で音の劣化があるし雑音を拾うこともあります。大きなミュージック・コンサートでは会場中ほどに設置した編集卓とステージの間がから50mから100mぐらいあります。その編集ブースでミキシングされた音楽はまた、ステージのアンプとスピーカーまでアナログの信号で伝送されていました。ステージ上から編集ブースの間にマイクロフォンのケーブルが10本も20本も30本も行き来していると、誰か1本引っ掛けたらボーカルのマイクだけ通らねぇぞという話に当然なるでしょ。アナログのケーブルをいつも20本30本引き回すことのリスクをしょってたわけ。ところが最近のステージを見ていると、ステージにはマイクロフォンをさす集合型のボックスがあってね、そこから光ファイバーになって編集卓まで届いている。さらに、マイクの音を多重化して光ファイバーに乗せているだけじゃなくて、プリアンプからパワーアンプまでの出力は光ファイバーで出力し、さらにIP化しているのでネットワークと同じ形でコンソールから各アンプに音を振り分けている。具体的な製品として、Onyx 800Rやその活用事例とライブデジタルコンソールのTT24 ,さらにヤマハのデジタルミキサー群やRAMSAの製品などに展開していくのです。

    音楽制作の現場では、音を編集するコンソールだけではなくて、音を伝送する技術、それから5.1chの立体音響を創るなどあらゆる分野でデジタル技術が使われています。

    そのような編集・プロダクション以外にデジタル楽器の世界も大きな発展をしていますね。たとえば、ミュージック・シンセサイザーの世界では、YAMAHAローランドコルグなどのキーボード製品以外に、音楽作成ソフトにプラグイン可能なバーチャル楽器も充実しています。 単品のバーチャル楽器としては、ギターベースピアノシンセ、なども充実していますが、フルオーケストラの各パートをサンプリングした27Gbの音源データと提供されるHAILON SYMPHONIC ORCHESTRA などもあります。電子楽器の歴史は、1959年に遡るのですが、本格的なデジタル楽器の登場は1977年のヤマハ・エレクトーンE-70に採用されたデジタル音源そして本格的デジタルfm音源を搭載した1981年のGS1あたりだったのでしょうか(80年代後半にヒットしたTOTOやチックコリアのコンサートに出てきますね)..その後一世を風靡した1983年のDX7、1990年のデジタルドラムDD-6、1993年のバーチャル音源を採用したVL1、1998年のFS音源採用のFSR1へ、そしてインターネットにダイレクトに接続できるELS-01(STAGEA)へ、最高峰のMOTIEF ESへと発展していくのです。

    これは最近出たYAMAHAのデジタル・ドラムなんだけど、うちの息子にこの前買ってあげたドラムなんだけどね。いままで、まともなシンセドラム・セットって30万円以上もしたんだよ。ね。息子がバンドで生ドラムの練習していると、夜はさすがに騒音が気になるのだけれど、このシンセ・ドラムだとヘッドフォンつけてサウンドモニターできるので、外に聞こえる音は夜中でもポコポコと音がするだけ。それでもヘッドフォンからは、デジタルでサンプリングしたプロの叩いたシンバルの音が強烈なスネヤとかが、ここを叩くとトリガーが掛かってデジタルで生成されて出てくる。変なもんでさぁ、ドラムってリズムが少し狂っても、出てくる音の品質で急にうまくなったなコイツって思うこともあるんだなぁ。従来だったら30万円位したものが、今ではなんと8万円前後で購入する(DTXPLORER)ことができるような時代になったしまいました。デジタルの進歩っていうのは、このような分野でも日進月歩なんですね。(ハイエンド商品こちら

    03 november

    放送とデジタル -ワンセグって何?-

    10月31日

    麻布学園 特別授業 第4回-1時限 10月21日 修正後

    おはようございます。中尾といいますよろしくお願いします。私もここの卒業生でして、久しぶりに来まして、すごく懐かしい想いです。それでは授業を開始させていただきます。隣にいる古川さんとは10年ぐらい前からお付き合いで、ひょんなことから古川さんが大先輩であることが分かりましてそれ以来、いろいろと良くして頂き、今日もそのご縁でご紹介いただきまして、少しでもみんなの参考になればと思います。さて、テーマは”放送とデジタル”ということで、私はTBSというテレビ局に勤めておりまして、今の仕事はテレビ局の中で番組を作ったりもするんですが、それよりも、デジタル系のeコマースの仕組みを作ったりとか、放送と通信の架け橋の仕事を主にしています。放送と通信、そして新しいデジタル放送の仕組みとか、今どういう状況で進んでいるかとかを中心にお話できればと考えています。そのなかで、ワンセグっていうのみんな知ってますか? じゃ、ワンセグのケータイを持っている人は?(2名の手が上がる) 何人かいるね。そのワンセグという新しい構想が始まっているので、それについての話もしたいなと思っています。では、よろしくお願いします。 

    今日のテーマはデジタルということですが、放送とデジタルの関係とは何でしょうか。もともと放送技術はアナログから始まっており、放送の映像伝送の技術がアナログからデジタルに変わることで、いろんな多くのデータが送れるようになりました。それがデジタル化の第一歩であり、最初に始まったデジタル放送というのはCSデジタル放送です。SkyPerfectTVなどを見ておられて感じると思いますが、デジタルをどういうところに使ったかといいますと、データを圧縮することで、多チャンネル放送を実現しました。それまでもアナログのCS放送はありましたが、それで1チャンネルしか送れなかったところを、デジタル技術で3チャンネルとか4チャンネルを送れるようになって、いまでは100チャンネルなどと、すごい多くのチャンネルをサービスしています。それはこのデジタルの技術を使うことによってできるようになっているのです。新しいデジタル技術を使って新しい放送サービスができたっていうのが、放送とデジタルの重要なポイントだと思います。 

    さて、違った観点でデジタル技術の放送サービスへの応用は、通信型サービスとの連携が可能となるということです。これがどういった放送で使用されたかというと、BSデジタル放送。今この中でBSデジタル放送が家で見れるひとって?(半数ほどの挙手) このBSデジタル放送というのが始まったのが2000年の12月、今から5年ぐらい前。このときが、放送がデジタルになったひとつのターニングポイントで、放送サービスへの応用ということでは、高精細の映像(デジタルハイビジョン)、つまり、デジタルでデータを圧縮することで一定のチャンネル帯域で多くのデータを送れるようになったのです。先ほどは多チャンネルでしたが、今度はよりキレイな映像を送ることを実現しました。今のプラズマテレビとか液晶テレビではだいたいハイビジョンで見えてます。 もうひとつはデータ放送です。これも放送のひとつなんですけども、テレビ映像ではなくてWebみたいな、静止画だったり文字だったりを放送の電波を使って送るサービスです。これまで映像しか送っていなかった放送にプラス・アルファのサービスとして提供されています。これがBSデジタル放送で非常に盛んにサービスされるようになりました。このデータ放送を通信を使った双方向サービスと組み合わせることによって、新しいサービスが提供できないかということでいろいろやってます。たとえば、クイズやショッピング、投票行動などをBSデジタル放送の開始とともにスタートしました。

    CS、BSと来て最後の集大成として地上波のデジタル化が進んでおります。地上波というのが何かというと、TBSだとかフジテレビだとかテレビ朝日だとかという、君たちが日常見ているテレビ、これが地上波です。衛星放送というのは空にある衛星から直接電波が降ってくるですけれども、地上波というのは東京であれば東京タワーから電波が出るので、東京タワー(電波塔)からの電波を受けているということから、地上波放送という言い方をします。地上波デジタル放送は2003年から開始されていまして、アナログ放送がデジタル放送へとどんどん変わっていきます。今年2006年の末までには全国で地上波デジタル放送がサービスされるようになって、2011年にはアナログ放送が終わってしまいます。

    その移行がどんな感じで進んでいるのかというのが、このロードマップです。東京や大阪は2003年から始まっており、2006年末までに、ほぼ3700万世帯、日本全域をカバーし、2011年までに難聴地域のカバー率を高めていきます。東京であれば既にデジタル放送を視聴できるようになってますし、CATV経由で見ている世帯もあるでしょう。

     

     

     

    現状、東京タワーから20~30キロ圏内には電波が届いてます。その外は中継局(東京タワーのミニチュア版)があって、その電波を受信しています。あとは、東京タワーの電波ではなく、CATVのチャンネルで地上波デジタル放送を受けることもあります。いまでは、関東エリア一円では全部地上波デジタル放送が受信できるようになっています。 

     

     

    地上波デジタル放送が今までのアナログ放送と何が違うかといえば、BSと同じでハイビジョン化、高精細でテレビが見れます、また、データ放送があってクイズであったり、ショッピングであったりということができるようになってます。(双方化) そして、一番新しいサービスが、冒頭にもありましたけれども、ワンセグサービス。今手元にケータイがあるんですけど、この部屋でもかろうじて受かっております。このケータイのような端末でテレビを見ることができるということがワンセグサービスです。

     

     

     

    具体的にワンセグサービスというのが何かというのを話してみたいと思います。ワンセグサービスというのは今年の4月に開始されたばかりの放送で、基本的には固定向けと同じ放送、固定というのは家で見ている放送、お茶の間で見ている放送とまったく同じものがケータイなどの端末で見れるようになってます。CSやCATVなどは有料ですが、ワンセグは無料です。i-modeなどケータイのサービスでは課金されますが、ワンセグはケータイで受信しても無料です。もうひとつは映像が乱れずキレイ。カーナビなどでテレビを見たことがあると思いますが、昔のカーナビですと少し走ったりすると映像が乱れたりしますが、ワンセグ放送になるとデジタルの強みを使って電波が乱れません。ワンセグ対応のカーナビであれば、車が走っていても、映像が乱れることが一切無く、見ることができます。もうひとつ、さっきのBSと同じなんですけど、ワンセグにもデータ放送というのがあります。データ放送を使った双方向の、放送と通信の連携した新しいサービスをやっています。これは後でゆっくり紹介します。

    ここにあるのがワンセグの端末の紹介です。メインはここにあるようなケータイでテレビを見るのが中心になります。

     

     

     

     

    いろいろなメーカから既に出ています。

     

     

     

     

     

    もうひとつはカーナビですね。

     

     

     

     

     

    また、パソコンでワンセグが見れたり、松下のポータブルDVDプレイヤーや任天堂のDSでも、もうすぐワンセグが見れるようになります。チューナーのモジュールを差し込むとゲーム機がテレビになってしまいます。

     

     

     

     

    それでは、ワンセグの仕掛けについてお話します。何で、ワンセグっていうのかというと、地上波デジタル放送はここにあるように13の箱(デジタルのデータ)が並んでおり、そのうちのひとつの箱だけを使っているサービスということで、ワンセグなんですね。残りの12の箱を固定向け(お茶の間のテレビ向け)にサービスをしており、13のセグメントのうち1つのセグメントを使うのでワンセグと呼んでます。

     

     

     

    ワンセグの仕掛けはケータイを例にとると、映像とデータ放送をひとつの端末で全部見れる。こんな小さなケータイの中にいろんな仕掛けが全部入ってます。例えば、通信も放送も全部ひとつの端末で受かるので、通信用のアンテナと放送用のアンテナが2種類あるし、ブラウザもインターネット用とデータ放送用が入っている、テレビのチューナーも当然入っている。いろんな仕掛けがこのちっちゃな端末に入っていて、ワンセグというサービスが実現されています。私がワンセグに興味を持って実験を始めた頃(4から5年前)はラック何本などになる大規模な仕掛けでしたが、今ケータイひとつに入っているということに、技術の進歩というものは相変わらずすごいなと思っています。

     

     

    繰り返しになりますが、ワンセグには新しいサービス、データ放送のサービスがあります。これは、テレビ放送の電波を使ってWebと同様の情報を送ることができるサービスで、ワンセグのひとつの大きな特徴です。

    ワンセグのイメージを表示しますと。上に表示されるのが映像でして、その下にデータ放送でWeb同様の情報を放送を使って送っています。

    地震や台風の情報があると、データ放送で、リアルタイムにいろいろな情報を送り、放送と連動したより詳しい情報、映像では送れないような細かな情報を伝えていきます。ケータイ電話を誰もが一人一台持っているということで、いつでもどこでも必要な情報を手に入れられるというのが重要なので、天気は最新の情報が送られています。

    データ放送の仕掛けを使っていろんなことができます。

    文字が横スクロールするティッカーで様々な情報をリアルタイムで生に送ることができます。

    実際に放送している番組の情報をどんどん送ったりすることもできます。例えば、映像情報に連動した形で、紹介しているお店の住所や電話番号などをすぐに見ることができます。番組だと映像がすぐに流れていっちゃうんだけれど、もう一回チェックしたいというようなときはデータ放送の情報を見ることによって、より詳しく知ることができます。

    野球では映像を見ながら進行状況、例えば、過去の何回はどうだったかとか、ほかの試合の経過はどうかというのも、データ放送というサービスがあれば同時に見ることができるようになります。野球の生放送と連動して新しいサービスをすることができます。

    サッカーのワールドカップでは、映像と連動して試合経過や現在のスコアが、データ放送を通してみることができました。スタメンやどんなメンバーが出ていたのかなどの情報をデータ放送で見ることができたのです。また、その中では、応援メッセージを送ることができました。通信を通して番組に送られてきた選手応援メッセージをデータ放送を通して表示することができるのです。

    あとはですね、実際にやった亀田興毅の世界戦の時には、何ラウンドでKOするかをクイズというか投票みたいなことをしました。ワールドカップのときと同様に、応援メッセージを送ったり、ということを番組と連動して、生の形で送ることができました。

    今やっている番組、”夢の扉”という番組なんですが、この番組に向けてメッセージを送ると(この番組の場合は自分の夢なんですが)、自分の送ったメッセージがデータ放送を通じて表示される、放送として送られてくるというのが新しいサービスです。送った人全員がデータ放送で取り上げられるというわけではありませんが、一部の人のメッセージを送るというサービスです。一方的に放送局側からいろんなメッセージを送るだけではなく、見ているみんなのメッセージも受け取って、放送でフィードバックするという双方向のやり取りを、このデータ放送というツールを使うことによって可能になりました。しかも、ケータイなので個人個人にメッセージが送られたかのようなことができ、これまでの使われ方(お茶の間でみんなでテレビを見ている)とは違うのではないかと思います。

    データ放送サービスをさらに進化した形は、Web連携型サービスがあります。放送の世界から通信の世界へ飛んでゆくというのをどんどんやっていきたいと思います。

    まず、TBSがやっている検索サービスについて例を挙げますと、データ放送の画面から”遊Boo学Boo"というサービスが真ん中に表示されています。これは、リクルートという会社と一緒にやっているサービスで、データ放送から通信のサイトに飛んで行って、いろんな情報を検索することができます。いままでテレビを見ていて、番組に関連するサービスを検索しようとすると、パソコンを立ち上げなければなりませんでしたが、ワンセグであれば、ひとつの同じケータイで、見ていて気になった情報があったらすぐにそのキーワードを入れて検索ができます。テレビを見ながらネットに接続して新しいサービスを利用するということが、いままでのテレビとの違いかなぁと思います。 

    もうひとつは、テレビを見ながらお買い物をするという例です。今までですと、ショッピング番組を見ていると電話を掛けるということだったんですが、ワンセグでは映像でテレビの放送をしていると同時に、データ放送ではいろんな商品の紹介をしていますし、その紹介内容からネットに飛んでいってショッピングできちゃいます。一つの端末で全部できちゃうというのがワンセグというサービスの特徴だと思います。ワンストップでひとつの端末でテレビも通信も両方を実現できているというところがテレビと違うところです。

    電話との連携サービスについて見てゆくと、例えば買い物番組の中で、今すぐ電話でお買い求めくださいという場面で、ワンセグ放送をケータイで視聴している場合は、当たり前ですが電話機能がついており、データ放送の中の”話す”というボタンを押すことで自動的に電話が掛かるというサービスも実現しています。保険のCMなどで、”電話してください”と連呼していますが、ああいうのも、データ放送を使ってやると、CM映像が流れた瞬間に電話機能呼び出しボタンを画面上に置いて、電話させるなんてこともできるようになります。

     

     

    ワンセグのデータ放送を使うことにより、情報提供したり、コマースしたり、アンケートに参加したりといろんなことができるようになっています。テレビだけではできなかったような新しいサービスをどんどん実現することができます。放送と通信の組み合わせによる新しいサービスを今年の4月からですが、今まさにやっているのです。

    ワンセグ以外で放送とデジタルの連携ってどんなものがあるのかなぁと考えてみると、放送というのは放送局から大勢の人に向けて、1to多(マス)のサービスである一方、1to1、AさんとBさんの間で成立させるのが通信という違いがあります。こうした違いのある放送と通信を連携させてどんなことができるのかということを、TBSがこれまでやってきた試みをいくつか紹介する中で見てゆきたいと思います。

     

     

     

    先ずは、放送コンテンツの通信利用というのがあります。番組をネットで見ましょうというのが一番オーソドックスなものだと思います。過去にやったドラマや映画などをネットで配信しています。フジテレビとTBSとテレビ朝日の三社で作ったトレソーラという会社を使って、過去の番組のネット配信トライアルをやってます。あと、これは今もやってるサービスなんですが、TBS BooBoo Boxという過去の番組(ドラマやグラビア映像、過去の映像、DVD映画など)のネット配信を有料でやってます。

     

     

    放送と通信の連携のもうひとつとしては、番組に参加させるというのがあります。ワンセグにとらわれず、テレビ番組とi-modeを始めとするケータイ電話のサービスとを連携したサービスの紹介をさせてください。

     

     

     

     

    ひとつは5年ぐらい前からやってるんですが、オールスター感謝祭という生放送において、出演者がやっているのとまったく同じクイズを視聴者が参加できるようになっています。5年前は参加者が1000人程度でしたが、現在ではケータイ電話を通して数十万人の人が参加しています。それまでは芸能人がクイズに取り組むのを一方的に見るだけで楽しんでいたのが、通信の仕掛けを使うことによって、視聴者がどんどん参加して番組に入り込んで楽しんでいるのです。 

     

     

    これは、恋愛脳℃という深夜番組で、もう終了していますが、番組の中で脳診断というのをやっていました。視聴者が通信を通じて参加し、タレントとの相性診断などを行い、毎週参加者が1万人以上いました。テレビは1to多という形で視聴者は受身で見るという形が多かったんですが、視聴者としては参加したいという思いが結構あって、その思いを放送局としてどう取って行くかというところで、放送と通信の連携という仕掛けを使うといろんなことができるのかなと思います。

     

     

    現在深夜放送をしているオリラジRでは、番組とSNSの融合を目指していまして、視聴者で作るSNSから出てきた情報を番組で吸い上げて、番組の情報をSNSに戻すというような、いままでは番組がいろいろな情報を収集してきて放送するという流れだったんですけども、一般の方々の情報を番組に上げてゆくという新しい仕掛けを実験的にやってます。放送局はネットの情報をどう使っていくか試行錯誤していたのですが、ここ数年ネットの情報を積極的に使っていくトライをしていますので、TBS以外でもいろいろやっていると思います。こうしたことが、放送と通信の連携というか融合という試みとなっているのかなぁと思います。

     

     

    TBSが現在もやっているデジタル技術の利用方法としては、TBS NEWS BIRDがあります。これはCSの24時間の放送なんですが、完全に全ての番組をデジタルで制作しています。デジタル化された素材を組み合わせることで、いろいろなOUTPUTを作れるというのが面白い新しい仕掛けだと思います。

    生放送は1回だけで後は既にデジタル化された素材AとBで15分の番組ができます。放送同録というのは生放送を同時にデジタル収録して新たな素材(C,D,...)を制作しています。素材がいくつかあって、生放送の頭ちょっとだけをとれば1時間分の番組ができてしまいます。これは、全部デジタルだからできるので、今までのアナログ制作では、素材があってもその間を常に生放送で繋いでいかなければなりませんでした。ニュース素材を全てデジタル・データとしてハードディスクに保存し、それを組み合わせることにより、ローコストで24時間放送を実検することができました。これが、CSのNEWS BIRDの仕掛けです。

     放送はデジタル技術を取り入れることで、映像がキレイになったり、チャンネルが増えたり、通信との連携でいろいろ新しいサービスができるようになったのですが、基本的に放送局としては視聴者に正確な情報を伝えるため、視聴者に番組を楽しんでもらうために、デジタルの仕掛けを使ってゆきたいと考えています。また、デジタル技術を使うにあったっても、こんなことができる、あんなことができたと、独りよがりで視聴者に使いづらいシステムにならないように、放送として伝えたいことをさらにより分かりやすく、楽しく、とするのがデジタルを使う最大のメリットであると思ってます。視聴者にとってデジタル放送がどう役に立つのか、どういうことを実現してゆくのかということを、考えてゆかなければならないし、この中の何人かの方が放送業界に興味を持つとするならば、デジタルの仕組みを使ってどんな未来の放送ができるのかを考えてもらいたいと思います。デジタルの放送利用はさらに広がってゆくでしょう。一方で、視聴者側でも、これまではお茶の間でテレビをリアルタイムで見るというのが中心であったんですが、ワンセグのようなものでいつでもどこでも放送が見れるようになったり、一人で部屋で見たりと、放送を見る形も変わってきています。パソコンで放送を見るようになったり、ハードディスクレコーダー等でテレビ放送の録画がどんどん進んでいるんですけれども、放送局としては録画してもCMを見てもらう仕組みを考えたりとか、録画した放送は有料で見てもらうとかいろいろなやり方があると思いますけれども、デジタルと仕掛けを使って、より放送を見てもらって、よりコンテンツを楽しんでもらうということができればなと思っています。放送の、ネットやケータイとの組み合わせとか、そこでの情報を放送へフィードバックしたりとかをどんどん進めたいと思ってます。これから放送でどんなことが起こってゆくのか注意して見ていってほしいと思います。これからどんどん変わってゆくと思います。こう放送が変わってほしいとか、こう変わったほうがいいとかメッセージをあげてもらえると、番組の作り手側も君たちのような若い感性を受け入れてゆき、新しく楽しいデジタルの仕組みを取り込んだ番組ができればなぁと思っています。

    30 oktober

    「変貌する街、秋葉原の動向」その2、講師:松波道廣先輩

    麻布学園 特別授業 第3回-2時限 10月7日

    さて、ポップカルチャーの台頭でございます。家電とかパソコンがちょっとこう下り坂になったところに対して、こうね、こう秋葉原の隙間を埋めるようにポップカルチャーのお店が出るというのは2000年以降の動きです。ラジオ会館は先ほど申しましたようにポップカルチャーの拠点。今コミックマーケット(コミケ)というのが年2回、有明の東京ビックサイトで行われていますが、そこで秋葉原直行便という1000円払うとコスプレのメイドさんと秋葉原へバスで向かえるというものが運行されていてます。このように秋葉原とポップカルチャーの結びつきは強いといえます。このブームはエバンゲリオンから始まっており、これ以降ラジオ会館などでフィギアショップが増えて多様化してきました。

    メイドカフェというのはもともとコスプレ喫茶と言っていて、ゲーム少年達がその日の買い物(戦利品)を持ち寄り、オタク談義をする場所として始まり、パソコン専門店がコスプレ喫茶をやったのはT-Zoneのメイリッシュが最初です。”お帰りなさいませご主人様”の決まり文句も、1年半前までは毎日言うと気持ち悪がられるので、毎週火曜日にのみ言われるメッセージであったのですが、その後、マスコミがメイドカフェを取り上げ観光地化してしまった為、毎日使われるようになった。こうした流れは、オタクの人々の場を失わせただけではなく、秋葉原以外にメイドカフェができるようになったため、秋葉原は新分野を模索しなければなりません。

    先ほど言いましたが、「電車男」の原作には秋葉原は登場しませんが、映画では秋葉原が印象強く登場しております。これは、バーチャルな(原作がバーチャルなのですが)ものを、リアルに表現するために秋葉原というものを利用しているようです。

    そして、”萌え”。皆さんには、ねぇ、わかってるでしょうけど、”萌え”をおじさんに説明するとこういうことです、あるキャラクターの3次元のかたを放棄したから、2次元の世界のキャラクターを愛することを覚えたという定義があるそうです。建築家の森川嘉一郎さんによる「趣都の誕生 萌える都市アキハバラ」(2003)がイタリアで好評であり、NHKの日曜美術館でも紹介され、どのようにして秋葉原のポップカルチャーが形成されているのかを年配の方々も理解してくれるようになりました。

    ポップカルチャーは日本の輸出文化であり、韓国では国を挙げてゲームクリエーターの育成(兵役免除を含む)に取り組んでおり、この分野での競合を目論んでいます。

     

     

    「趣都の誕生 萌える都市アキハバラ」(2003)の表紙

     

     

     

     

     

    森川嘉一郎さんの

     

    2004年のベネチア・ビエナーレ建築展の日本館展示。

     

     

     

    海洋堂のフィギア 

     

     

     

     

     

     コスプレビラ配り

     

    JTBの萌えるるぶ

     

     

     

     

     

    最後の変化促進要因は、外国人観光とビジットジャパンキャンペーン。秋葉原地域全店あわせると20ヶ国語程度の対応が可能ですし、中には1店舗で13ヶ国語対応を実現している店もあります。現地の周波数、現地の電圧に合わせた電気機器を購入することができ、外国人が買い物をし易いのです。秋葉原のマップも英語・中国語・韓国語の三ヶ国語版を作っています。秋葉原の駅前の商店街に万国旗が出ていますが、それは各国から訪れた人々の売り上げ順で、中国大陸が多く、なぜかアメリカの旗が無いんですね。 

     

     

     

    秋葉原商品のポジショニングでホビー系は単独使用の傾向がだんだんと共同使用へと移行しています。逆に家電やIT系は共同使用が単独使用へと移行しています。また、IT系や家電系は最初、機能的なものが好まれ、徐々に情緒的な要因が選択を左右するようになりますが、ある時点でイノベーションが起こり、再び機能的なものへの志向が強まります。 

     

     

     

     

    そして、時代をリードした秋葉原のお店たち(アキハバラX) 

     

     

     

     

     

    ラジオセンター

     

     

     

     

     

    ラジオデパート

     

     

     

     

     

    ソフマップ・シカゴ

     

     

     

     

     

     

    石丸電気 Refino&Anhelo (レフィーノ&アネーロ)

    高級オーディオ専門店 

     

     

     

     

    DutyFreeShop 電気機器だけではなく、刀剣や、北欧家具に合わせたデザインのものなどを販売

     

     

     

     

     

    フィギアのお店とドールのお店

     

     

     

     

     

    レンタル・ショーケース

     

     

     

     

     

    ガチャポン会館 (二階はコスプレショップ)

     

     

     

     

     

    メイリッシュ

    松屋 (どら焼きに自分の書いたイラストを印刷できる)

     

     

     

     

     

    秋葉原への期待

    秋葉原の現在は、エレクトロニクスに関連する歴史の地層が重層化している街で、いまでも真空管や中古オーディオが売られ、ラジオセンターなどの部品街も残っている。
    これからは、最先端部分と歴史的部分が共存する、楽しくユニークな街へ。秋葉原では将来の日本を支える最先端のテクノロジーが体験でき、秋葉原は世界と日本がビジネスで連携する登竜門になりたい(西口新興組合・宝田副会長)。外国人と一緒にビジネスをする。

     

     

    宝田無線

    石丸電気 DutyFreeShop

    秋葉原のコンセプト

     

     

     

     

     

    進化する秋葉原の三層構造

    再開発ゾーンは駅前が青果市場跡地として空き地であったため、その他のゾーンの立替をせずに開発できた。結果、秋葉原の重層的な性質を保存できた。

    環境白書の裏表紙に載ったメイドさんの写真

     

     

    ツクモROBOT王国
    ロボット技術はパソコンの歴史で言えばMS-DOSが出てきた頃のような状態である。これからの注目格。

    「変貌する街、秋葉原の動向」その1、講師:松波道廣先輩

    麻布学園 特別授業 第3回-1時限 10月7日

    みなさんこんにちわ。久しぶりに母校にお招きいただき光栄に思います。ただいまご紹介にありましたように昭和43年卒業ですが、当時何があったかというと、まぁ、私は麻布を卒業して早稲田大学 に行ったんですけどね、その翌年昭和44年は安田講堂事件で東大の入学試験は無しで、一浪しても入学試験 は無かったわけです。まぁ今回は古川さんが2回ぐらいやっていらっしゃるということですが、IT業界で言えば麻布学園の大エリートというような方にお誘いを受けて今日お話をすることになりまして本当にありがとうございます。皆さんのお役に立てるようなアカデミックな話になるかどうかはなはだ疑問ですけども、皆さんの将来のヒ ントになるようなことをお話しでき、お役に立てればなぁと考えています。後半は古川さんともども皆さんの質問 を受けるような形で対談したいと思います。 

    私は麻布を昭和43年(1968年)に卒業して、早稲田大学の電気通信学科に入り電子工学をやりました。その当時はITなどというものは殆ど無く、IBMのシステム370なんて大型コンピュータが登場した時代です。パンチカー ドを打ってプログラムを入力するような時代でした。大学卒業後、ソニーの音響事業部(言い方が古いですけど 、今ならオーディオと言います)で5年間スピーカーを作ってました。当時の秋葉原はオーディオ、ステレオの時代で、父親の会社が松波無線というラジオ屋からスタートした会社なのですが、オイルショックのときに家電販売が低迷し、ラオックスが当時オーディオが強く、父親とラオックスの社長が仲が良かったので会社を合併し、私は、昭和56年からラオックスに行ってパソコン(当時マイコンと言いましたけどね)の事業部長というのをやりました。当時 1981年というのは日本ソフトバンクが創業した年ですし、大塚商会がパソコンマーケットに参入した年でもあり ます。取締役営業部長になってザ・コンピュータ館の店長などもやりました。そのころ、石原都知事が秋葉原に ITセンターを造ろうというような構想が沸き起こってきたころで、私はその秋葉原からの4人の委員の一人となりまして再開発の問題をやりました。それから、秋葉原の観光などをやりまして、現在は社団法人に本コンピュータシステム販売店協会の専務理事を勤めております。

    今日お話しするのは秋葉原のお話になるんですけども、まぁ秋葉原の変遷、変化としか言いようの無い街なんで すけど、それから、秋葉原っていったいナンなんだろう、秋葉原の特徴、次に変化促進要因、今日現在こんなこ とが起こっているんだというようなことをお話します。今日は古川さんがいるんで多少ITの話に力を入れたいと思うんですけども、秋葉原はもうITだけでは語れなくなってしまっているので、いろんな話が出てくると思います。  

    秋葉原の歴史って私に言わせれば高々50年なんですね。最初は電気部品があってラジオがあって、そこからスタ ートですね。当時部品を地方から秋葉原の卸に買いに来て、地方で売りさばくという商売があり、その掛売り卸が行われていたのですが、掛け売りの先がつぶれたりしたので、店頭での現金小売業へ転換し、中央通り沿いに電気小売店が集積しました。私はこれを第1の転換期(1955年頃)と考えています。その後アマチュア無線であったりカラ ーテレビ・冷蔵庫・洗濯機の家電の時代が来るんですが、1973年のオイルショックにより家電販売が後退し、秋葉原は オーディオブームで活性化していきました。ここで、先ほど述べました父親の会社の家電販売が低迷し、オーディオの強かったラオックスとの合併となりました。これ時期がが、第2の転換期です。その後ビデオなどが登場し、80年代 には外国人がDutyFreeShopなどで家電製品を買い求めに来たりしましたが、1993年のバブル崩壊で、中央通りに面したシ ントク電気が倒産、広瀬無線の小売からの撤退、により大きな店が3店舗閉まってしまい、秋葉原はシャッター通りになっちゃったんですね。これが第3の転換期。そのとき裏通りでがんばっていたソフマップが表通りのシ ントクの後に入り、ラオックスのザ・コンピュータ館(1990年より)と競争が激化し、ここではパソコンが安いぞ ということで、秋葉原はパソコンの街へと変貌しました。売り上げも、1994年を境にパソコン(2000億円以上)が 家電(2000億円以下)を凌ぐようになりました。2000年からは郊外店の勢力拡大に伴い、IT・家電ともに売り上げが伸 び悩むなか、アニメ、フィギアなどのポップカルチャーが出てきました。ただ、パソコンだと客単価10万円程度ですが、ポップカルチャーのホビーでは1万円前後となり、秋葉原全体の売り上げは減少傾向にありました。その中で、2005年には秋葉原再開発の 二つの大きなビルと、つくばエクスプレス開通、ヨドバシカメラ開店を向かえ、秋葉原は第4の転換期を迎えて います。

    秋葉原にこの1年以内に行ったことがある人は手を上げて。(殆どの手が上がる)。この写真は今の中央通りですね。   駅前から中央通りを見た写真。

    そして、こちらは昭和32年の同じ位置からの写真。広瀬無線さんは戦前からあ るのでビルになっていますが、殆どが二階建てで”三丁目の夕日”状態ですよね。で、ここに積んである物は全部真空管で、オート三輪があったり、マツダランプ、マツダ蛍光灯などもありますね。
    こちらが、松波無線の第一号店の写真で、この二階では電機大学の学生さんが真空管ラジオを組み立て、その日に作ったラジオがその日のうちに売れました。

     

    次は、中央通りから秋葉原でパートを写した写真。

     

     

    これと同じアングルで今日現在を撮るとこうなります。外壁はあまり変わっていませんね。現在もパーツ屋さんは昔と変わらない間口でやってます。この部品屋さんのそもそもというのはですね、須田町あたりでラジオを組み立てて売っていた露天商をGHQがこちらに集積し たのが始まりです。これがラジオセンターとして今日現在も残っているということです。そろそろ老朽化してきているので、立替とかそういう問題も発生してきております。 
    ついでに言いますと、松波無線第一号店のあとは 1966年から”古炉茶(コロナ)”という喫茶店になっておりまして、コーヒーは高いけれども静かで落ち着けると いうことで、これは少し余談で宣伝になりますけれども。 

     

     

     

     

     

     

     さて、第二の秋葉原の特徴になりますが、秋葉原というのはベンチャー精神が旺盛でございます。表通りは面白くないけれども裏通りからニュービジネスが起きてきます。それに猥雑ですが新しい発見の楽しみがある、宝探しの街です。また、郊外の店舗に行ってしまい、価格競争になってしまった商品は家電にしろパソコンにしろ秋葉原の主流商品としては戻ってきません。秋葉原は常に新分野開拓によって、最先端の商品を取り扱う街、したたかに生き残っていく街といえるでしょう。

    秋葉原を語る上でのキーワードは”インドア”のホビーといえるのではないでしょうか。また、”D.I.Y.”、部品を売っているところが秋葉原の特徴でしょう。IT少年達は秋葉原の裏通りで安くパソコンを作るために部品を買って組み立てる。ラジオ会館ではフィギアをパーツで売っています。 で、秋葉原に来るお客さんは”プロシューマー”(オタク)で、プロの目を持っている専門家であり、店の側は常に”最先端”の商品を提供し続けなければならない街で、ディープな専門店がたくさんありますね。最後に”重層化”というのは、昔から真空管を売っている店や、オーディオを売っている店が、今も残っており、さらに、時代に即した多様な専門店が立ち並んでいるということです。

     

    えーっと、これはラオックスのアソビットシティ1番館で、フィギアとコスプレが並んでいます。ちょっと余談になりますが、歌舞伎町系のコスプレと秋葉原のコスプレの違いは、セーラー服とセーラー・ムーンの違いであります。つまり、アニメキャラクターの衣装であるということです。銀河鉄道999の船長さんの服装などを売ってるわけですね。(....)

     

     

     

     

    さて、秋葉原の5つの変化促進要因についてみてゆきましょう。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    先ず一つ目、クロスフィールド。 こういうビルが建ってます。左側がダイビルといいまして右側がUDXといいます。ダイビルの上半分は日立さんが入っていて、下半分は産学協同事業です。UDXは5階以上がオフィスになっており、4階はちょっと面白い東京アニメセンター、先端ナレッジセンター、デザインミュージアム(11月22日より)などがあり、その下の階は飲食店が入っています。この二つのビルで1万人ぐらいの方が働いてらっしゃって、3万人ぐらいの方が訪問しています。ここは2000年に石原都知事が視察された際に鶴の一声で決定され、2005年に完成しました。中央通りから見た写真から、非常にでかいことが分かると思います。

     

    次の二番目の要因のつくばエクスプレスとヨドバシカメラね。つくばエクスプレスによって今まで来なかった茨城方面のお客も秋葉原に来るようになりました。ヨドバシカメラは開店から4日間で100万人を集客しました。これらに加えて「電車男」のヒットによって若い女性の来街客が増加しました。ヨドバシカメラが黒船だという人もいますが、私は、商店街にスーパーがやって来て、リアルなお客さんを街に呼び込んでくれているといっています。商店街は専門店化することでスーパーのヨドバシカメラと共生を図ればよいといっているのですが、言うは易し行なうは難しです。秋葉原の競合は集客をする量販店ではなく、インターネット通販でしょう。さて、これらの要因によって来街客は40%(10万人が14万人へ)アップしました。最後に、「電車男」の原作本の中には秋葉原は出てきません。

    第三番目のパソコンのコモディティ化についてみてゆきます。秋葉原のパソコン街の歴史は1976年にラジオ会館7階にNECビットインができたことから始まります。ボードマイコンTK-80を売り始めたのです。次は、1990年4月のラオックス・ザ・コンピュータ館の開店です。そのころマスコミは、秋葉原の裏通りにこんなでかいコンピュータの店を作っても売れるわけがないと言ってました。まぁ確かに1年目2年目は閑古鳥、3年目以降は売り上げをどーんと伸ばしました。同じ時期、ラオックスの他の店舗はバブル崩壊によって売り上げを落としていました。1995年にはWindows95が出るわけですが、当時この古川さんからね深夜営業せいといわれまして、深夜発売、秋葉原の寒い11月ぐらいでしたかなぁ、午前0時にクスダマ割って、2万人くらい来たんじゃないですかなぁ、万世橋警察真っ青でした。この頃からインターネットが普及を開始し、個々人が横につながるようになって行き、主役がインターネットになって行きました。97年には消費税が3%から5%になったため売り上げが落ちSofmapやT-Zoneの創業者達が退場しましたが、98年にはWindows98とiMacの発売により持ち直し、2000年まで老若男女がパソコンを求めに秋葉原に出向いてきました。ただ、99年にiModeが登場し、これはパソコンで言えばWindows95の発売と同様のインパクトをケータイ市場拡大に及ぼしました。その後ビックカメラが01年に有楽町店を開店し、秋葉原のお客が減少した後に、05年にはヨドバシカメラが秋葉原に開店し再び秋葉原の集客力がアップしてきたという現状です。

    パソコンの状況を見てゆくと、それまでiMacを購入してくれた女性客層がiModeの登場により、ケータイで用が足りるようになりパソコンを購入しなくなりました。また、郊外店やインターネット通販との競合で秋葉原でのパソコンの売り上げが落ちています。さらに言えば、インターネットもコモディティ化し専門性が薄れることによって、秋葉原にまで来て専門性を求めるお客がいなくなってきました。

    さて、これがオタ通りの写真ですね。休日にはジャンク屋の露天が立ち並びます。ラオックスで中古パソコンを扱っていたときに、お客さんにこれ動くかどうか分かりませんよといったところ、”動くか動かないかは俺が決める”といった方がおられ、専門性を持ったオタクの街を象徴しています。

    次はラオックス・ザ・コンピュータ館ですね。ここの特徴のひとつとして、この書籍売り場がありました。このお店が開店した当初、このようなパソコン専門書を取り揃える店舗はありませんでした。この売り場ではリーナス・トーバルズ(リナックスの作者)の伝記がベストセラーになったこともあり、いかにマニアが来ているかの証でもあります。

    そてこれもオタ通り。このチチブデンキって知ってます? そう、おでん缶。一時、渋谷の東急ハンズでも売っていたみたい(一ヶ月間)だけど今はもうありません。これは、かつて秋葉原に食べ物屋が少なかった頃(バブルの頃、各店はこぞって販売店舗を増やしたため)、マニアの為の食べ物として登場したものです。マニアの方は時間を惜しんでお店周りをしたいので、こうしたものが受けたのでしょう。でも、再開発により、この1年でレストランは70店舗増加し、おでん缶の販売機の前は携帯電話で記念写真をとる人でいっぱいです。最近の秋葉原の名物はメイドカフェとおでん缶になっちゃってるんですね。

    (ここで1時限終了。10分間の休憩) 

    06 oktober

    明日の授業、CEATEC 2006開催中

    明日の授業は、元LAOX取締役の松浪さん、(麻布の大先輩でもあります)に秋葉原の最新事情をお話いただくことにします。

    幕張で、今週火曜日から土曜日までCEATEC 2006が開催中です。明日の授業2時限目で若干触れることにはなるでしょうが、是非自分の眼で見ておきたいという麻布生は、今日か明日の隙間をみて幕張へ是非訪問してみてください。当日券は1000円、ネットで事前登録するとタダです。

    http://www.ceatec.com/2006/ja/visitor/

    もう沢山の記事がネットにも紹介され、新バージョンのムラタセイサク君がテレビにも出演していましたが...今後のデジタル社会を体感するためにも、ネットの記事だけではなく、自分の眼で見る、選球眼を養うというチャレンジをして欲しいと思っています。

    http://techon.nikkeibp.co.jp/CEATEC2006/

    http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/link/ceat20...

    http://internet.watch.impress.co.jp/

    http://www.rbbtoday.com/news/feature/ceatec2006.ht...

    http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/computer/ceatec_ja...

     

    私は、今週忙しくて未だ訪問できていないのだけど、いまから訪問してきますので、土曜の授業でお会いしましょう。

    では、ふるかわでした

    18 september

    特別授業の要旨、第2回-2時限目

     さて、2時限目に用意したテーマは、デジタルの世界:概論と、今週発表のあった新しいiPodと昨日発表のあったマイクロソフトの携帯型プレイーヤーZuneの全貌を対比してみよう...というお話です。その後、Q&Aとまとめという時間にしたいけれど、もう既に2時限目の残りは30分しかなくなってしまったねぇ、チョッと飛ばして話をするのでシッカリ着いてこいよ!皆!!!

     

     

    今、デジタルの世界に何が起きているのか?というテーマを今日は選びました。
     皆さんの中で、今週発表のあった新しいiPodの発表に関して、知っている、新聞で読んだ、もしくはネット経由でスティーブジョブズの発表内容を直接l見たという人は居ますか? (十人程度、その中でプレゼンビデオを見た人はゼロ) 1時限目の授業で、生きていく上での「スピード感」という話をしたのだけど、誰もビデオを見ていないってことは、チョッと感度が低すぎないかい?デジタルの世界では、次から次へ色々な技術やビジネスの展開が毎日のように発表されるわけだけれど、新聞や雑誌に出てからそれを読むというアプローチに満足してしまうと、いつのまにか能動的に関わることを止めて受動的な姿勢で情報を待っているだけのフォロウワーになってしまうのではないかな?私にとって、新聞とか雑誌に出ている記事はもう既に終わってしまった結果だけが掲載されている...極端な言い方をすれば死んでしまったネタです。活きの良いネタを自ら探す、もしくは世間にインパクトのあるネタを自分から発信するようになるためには、いつもスピード感を維持して情報の渦の中心に廻り込む努力を続けて欲しいものです。この授業を受講している人の中で10人ぐらいが、アップルの新iPodの発表を目にしたと手を上げたけれど...誰か、発表の内容を皆の前で喋ってくれる人は居ないかな?...生徒の一人が「iPodが新しくなって、映画の配信とか..始まりました」と説明してくれたのですが...私のメッセージは...発表の内容を限られた紙面にまとめた記事からは発表の全貌も姿勢も読み取ることはできないので...情報の根幹に近づいて全ての情報を入手する、そしてその中から発表の本質を汲み取るという作法を身に着けて欲しいものです。という話をしました。
     そして重要なことは、一方的な立場で好き嫌いをベースに嫌いなものもしくは対峙する両方の技術や思想、競合製品を理解しないとステレオタイプの人間になってしまうと思うのです。昔。麻布学園のPTAが主催するイベントでスピーチをする機会を頂いたのだけれど、その時はマイクロソフト日本支社の会長という立場でお話をしたら、ある麻布生がスピーチの始まる前に直接私の前に進み出て、「私はMacが好きで、スティーブジョブズを尊敬しているので、その敵であるマイクロソフトの片棒を担いでいる貴方の話は聞きません!!」と宣言した生徒がいました。私はチョッとビックリして...「私はマイクロソフトに帰属する立場でその利益を代表して、なおかつ自社の製品をお勧めしなければならない役目を背負っているけれど...貴方より、きっとMacのことは詳しく勉強していると思うし、マイクロソフトの製品を通じてアップルに成功してもらおうという努力はどのソフトメーカーの人にも負けていないと思うよ...短絡的に一方が好きだから他方の意見は聞くに値しないなんて、ステレオタイプの姿勢では良くないと思うなぁ」なんて話をしたのですが...今からスティーブジョブズの話や新しいiPodの話をしますが、マイクロソフト退職後にiPodの話をすると、「古川はアップルに寝返ったの?」とか「アンチ・マイクロソフトになった」だの勝手なことを言い出す輩が多いのですが、私の姿勢はマイクロソフト在任中も退職後も全く同じ姿勢で、「良いものは、自ら購入して使い込んでみる。その結果、何故自社の製品では同じことができないのか?この製品がこのまま市場で広く受け入れられるのであれば、自分の会社で押す製品が補完関係を形成して、相互にシナジー効果を産むことはできないか、と考えたものです。」...そのためにも、対峙する2つの技術の両方をいつも理解する、一方だけに染まらないという姿勢が必要だと思います...と話したところで、生徒から「シナジー効果って何ですか?」との突っ込みあり...「シナジー効果」とは、「相乗効果のことです」と返答...
    授業の中では、スティーブジョブズのプレゼンテーションはいよいよ円熟味を増してきたこと、彼のプレゼンテーションのスタイルは人を説得する手法としては超一流であることなどを話しました。新iPodの個々の機能
    や、iTunes7の機能強化の話は口頭で話を進めたことを追加のスライドにまとめましたのでそれを参照してください。いずれのスライドもクリックすると大きくなります。
    皆さん、今回の発表の中でアップルがスティーブジョブズが決してやらなかったことを、初めてしました...それは何でしょう? 答えは、アップルは今日発表する製品は、今日から出荷します、もしくは今月中には出荷しますという発表のスタイルを取っていて..事前に噂をリークすることも、3ヶ月や半年先のとを発表するということはしない方針でした。それが今回初めて、来年の第1四半期に「iTV」を出荷します、という事前発表をしたのです。皆さん、iTVのiは何の略か判りますか?それは、インタラクティブのiなのですね。

     このセットボックスは、衛星放送や地デジ、ケーブルなどの放送を受信するのではなく、MacもしくはPCとワイヤレスLANで繋ぎます。直接この箱をネットワークケーブルに繋いでビデオを鑑賞することもできます。プレゼン中のデモでも説明されていますが、MacやPCに録画した映像をテレビで観るだけではなく、PodCastの番組を受信する、映画やテレビ番組をダウンロードして鑑賞する、写真をスライドショウ+音楽で鑑賞するということが、プラズマや液晶の大画面、もしくはプロジェクタにこの箱を接続するだけで実現できます。今回の発表では、ディズニー系列のDVD発売日にダウンロード経由でiTunes Storeから同じタイトルを購入・ダウンロード可能との発表がありました。映画のプレビューを見てみると、いくつかのタイトルはHD(ハイビジョン品質)でダウンロード可能となっています。いくつかの新聞では、今回の発表で一番影響を受けるのは音楽ダウンロードサービスや他の携帯プレイヤーメーカーではなく、今からブルーレイ・ディスク、HD DVDを啓蒙拡販しようとしている人たちなのでないか、というポイントです。箱に詰めた製品をCDやDVD(次世代DVDも含む)一般流通を経由して販売するパッケージビジネスがネットワーク経由のダウンロード・ビジネスに加速度をもって移行していくだろうという予測も既に語られています。

    以下、デジタルの世界全体像として何が起きているのか、そしてマイクロソフトの対抗策は?という話をしましたが...その要旨は後ほど本ブログへのエントリを以下追加するとして、ここまでをまずアップすることにします。 

    17 september

    特別授業の講師提案:スクウェア・エニックスの伊藤裕之さん

     

    麻布高1-3のY.N.です。

    「麻布 リレー講座 デジタルの世界」に行ったのですが書き込みの仕方がわからなかったので直接メールを送らせていただきました。すみません

    僕はリレー講座の講師としてスクウェア・エニックスの伊藤裕之さんを推薦します。

    理由:
    伊藤さんはFFシリーズに非常に初期から参加し、様々なシステム(ATB、アビリティシステム等)を開発し、12作目ではディレクターを務められたFFシリーズ作製の中心人物のひとりである。そのため最も熱いプロのクリエイトの現場を知っていると思われる。

    講義テーマ:
    クリエイターとしての開発現場、ハードの性能アップや様々なメディアの浸透のなかでのFFの展望

    伊藤さんのメリット:
    麻布生はコアな人間からそうじゃない人間までいるので多様な意見を聞くことができるかもしれない。

    麻布生のメリット:
    自治活動も含め麻布生はなにかモノを作り上げるのが好きなように思う。その点でプロのクリエイターの話を聞けるのは有意義だと思う。

    また、デジタル社会における新しい角度からの視点の話も聞けるのではないか。

    本人に到達するまでのアプローチ:
    スクウェア・エニックス社に伊藤さんの講義をお願いする。

    提案者の役どころ:
    代表委員と一緒に伊藤さんのところに行き講義して欲しいテーマやそれに伴うメリットを伝える。

    古川さんに伊藤さんに会うためにお口添えをいただきたいです。

    よろしくお願いします。

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    古川コメント:あまり講演とか雑誌のインタビューなどには登場しない方のようですが、スクウェア・エニックスに勤める友人に感触をまず当たってみたいと思います。

    では、ふるかわでした

    特別授業の講師提案:ガンダムの富野監督

    以下、「高1-4K.M.富野監督推薦者」さんから提案のあった推薦メールを本ブログに掲載します。 by 古川

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    麻布学園での特別授業で委員に立候補した高1-4のK.M.です。

    メールが遅れてすみません。

    今日、授業内で推薦した富野監督の推薦文を書いてみたので是非感想・問題点の指摘などをお願いします。

    リレー特別講座の講師案として以下の方を推薦します。

    アニメーション監督 富野 由悠季(とみの よしゆき)

    富野監督の経歴と背景:
    アニメーション監督。機動戦士ガンダムを始めとするガンダムシリーズや、伝説巨神イデオン、聖戦士ダンバインなど様々なロボットアニメを手がけてきたきた日本のアニメ業界を語るに欠かせない人物である。
    最近では、二十数年前の作品であるZガンダムの総集編である劇場全三部作を完成させ、原作と監督を務めたネット配信アニメであるリーンの翼は先日最終話がネット配信された。
    小説も多く書いており、自伝「だから僕は…」対談集「教えてください。富野です」なども出版されている。
    近年は大学で講義を持ったり、文化庁の依頼で海外で講演を行うなど、今なお各方面で精力的に活動中。

    富野監督に期待する講義テーマ:
    最新作「リーンの翼」の配信の場になぜネットという場所を選んだのか?
    アニメーション監督から見るデジタル時代

    麻布生として受講することのメリット:
    富野由悠季監督は、僕の尊敬する人物の一人で、彼の監督したガンダムなどはその当時の世代に大きな影響を与え、いまだに人気がある。
    ゲームに自分のアニメが登場する際に行われたインタビューで「ゲームは人をダメにする。」と発言したり、自分が監督したアニメであるVガンダムのDVD-BOXの解説書に「このアニメは見てはいけません」と書いたりと自分の意見を率直に言う、いわゆる歯に衣着せぬ物言いをする人なので面白い話を聞けると思う。

    富野監督にとってのメリット:
    いろいろと癖のある麻布学園で講義をすることで、麻布生の意外な反応を受けることができるかもしれない。
    また、もしかしたら冨野監督の意思を継ごうという生徒がでるかもしれない。

    冨野監督のスピーチ事例など:
    週刊アスキー 進藤晶子の「え、それってどういうこと?」第282回 『機動戦士ガンダム』総監督 富野由悠季
    古川追記:このアドレスはアスキーの掲載許可を取っているか不明なのでリンク先を抹消しました。アスキーに問い合わせて、当該記事の再録許可を取りたいと思います。

    キネマ旬報 2006年3月下旬号 富野由悠季ロングインタビュー 要約版
    古川追記:このアドレスはキネマ旬報の掲載許可を取っているか不明なのでリンク先を抹消しました。ちょっとキネマ旬報にはコネクションが無いので、雑誌のバックナンバーを入手して回覧できるようにしてみたいと思います。


    文化庁メディア芸術祭レポート
    http://www.walkerplus.com/movie/report/report4271.html

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    以上、講師案の提案でした。

    私と皆さんの感想と意見は、このエントリのコメント欄に記入することにしましょう。

    では、ふるかわでした

    特別授業の要旨、第2回-1時限

    本日(9月16日)の授業を進めるにあたり、まず今日のテーマを確認しておこう。1時限目は、第1回目の授業の確認、代表委員の確認、講師案の提案をとりまとめ、第3回以降の講師と授業内容の決定に当てることにします。初回の授業後に提出してもらったレポートの中で、「古川個人のイントロダクション長すぎ」とか「講師選択の手順はどうでも良いので、早くデジタルの世界の本題に入ってください」との重要な指摘を貰っています...というわけで、今日は自分の話は控え、講師選定と授業の進め方にっ関しては1時限目で終了し、2時限目は、「デジタルの世界、概論」と「今デジタルの世界で何が起きているのか」という話をするつもりです。 取上げるテーマは、今週スティーブジョブズが発表したAppleの新しいiPodシリーズ、映画の配信サービスを含めたiTunes V7やデジタルTV(iTV)への展開。そして昨日発表のあったマイクロソフトのZuneというデバイスと音楽配信サービスの話を対比してお話をすることにします。最後に、Q&Aとまとめの時間...という流れで行くぞーっ、良いかな?そうそう、忘れていた「皆さん、おはようございます!」...(土曜の朝9時10分の授業なので、8時50分には会場入りしれ仕込みをしていたのであった...オジは土曜日の朝ぐらいユックリしたいのにぃ、まぁ健康のためと寝過ごさないように、しばらく金曜に飲みにでかけるは控えることになるでしょう。)

    先週の授業の最後に約束した通り、授業の内容と要旨はネットでアクセスできるようにしました。ブログの名称は、「麻布学園 リレー講座 デジタルの世界」です。アドレスは、http://azabu-lecture-samf.spaces.live.com/ です。アドレスを皆さん書き留めなくてもよろしい。 検索キーワードで ”麻布 リレー講座”でググると一発で検索されるのでそこをクリックすると、このページに到達できます。
     もう既にアクセスした人は居るかな? 前回、私の個人ブログからアクセスできるようにするので、参照するように...その中で今後の授業に対する提案と皆さんの意見を反映できるようにと合意したはずなのだけれど...実際にアクセスしました..という人は手を上げてください...(パラパラと十人ぐらい手が挙がる、授業出席者は100人ほど)...チョッと残念な結果だねぇ、ブログ開設後毎日100人、200人、500人、2000人というペースでアクセスが増えており...私宛の個人メールで「公開授業が開催されたら是非参加したいです!」なんて声が一般の人から届いているのに、こんなペースでは物事が決定できないなぁ..皆さんは、人生生きていくうえでのスピード感ってものを意識したことがないのかな? 私は、コンピュータの業界に生きてきて、「ドッグイヤーの世界」を25年間体感してきたわけです。「ドッグイヤー」という意味は、コンピュータの世界は毎日革新的なことが次々起きるので、普通の人が生きている人生体験の7倍のボリュームで時代が流れていく、情報が洪水のように押し寄せてくる、結果として1年で7年分の体験をするので、1年で7歳分年齢を重ねることになるわけです。そのせいで、頭がこんなに白くなってしまったわけですし、25歳から25年間コンピュータ業界に居ると25+25x7で200歳分の人生経験を積んだってことになるわけですね。今日は自分の話をするのは控えよう、という約束だからこれ以上は言わないけれど...先週の授業から今までの間にどのような情報を自ら取り込み、考え抜き、どのように知識を増やし、新しいことを企画するか、というスピード感をもっと身に着けてくれないと、人生楽しめないよ!もう52歳になったオジサンでも、毎日新しいことに出会ってワクワクしているのに、みずからアクションをかけずに待ちの状態でいるとフォロウワーになってしまうぞ!! フォロウワーの意味が分からないって顔をしているねぇ、つまり人生には誰かが引いたレールを誰かの後を追いかけるだけの人生を送る人と、それとは別に自ら牽引(プル)していく人生があるわけよ!! 遠くの外野席からヤジを飛ばして批判だけ繰り返す人生か、社会の流れを自ら創るために先導的な立場の人生を送るかは、とても大きな違いなのです。
     私がアスキーに入社した時に学んだことは「未来を予測するのは難しい、予想してもいつも外れるけれど、予想が外れないようにするには、自ら未来を創っていくんだ」という言葉だったねぇ。その当時、私は23歳で自分のコラムで「今後のパーソナルコンピューティングは、計算能力やワープロの清書機能ではなく、「パーソナル・ネットワークを活用した、熱いものは熱い、痛いものは痛いという意識共有ができる双方向性の社会ネットワークを構築する」なんて目的を提言していたわけよ...それ書いた紙を机の奥にしまっておいて1年に1回とか2回読み返してみて、この間にここに掲げた目標に一歩でも近づいたかな?自分の人生はそれを実現できるように社会にどのようなインパクトを与えたかな?それを実現するに必要な技術を習得したり、人脈ができたかな?と自問自答しながら突っ走ってきたわけさ...皆さん麻布生が、公開したブログはまだ見ていませんとか、約束した代表委員からメール1本未だに発信していない、とか講師の案が誰からも出てこないっていうことじゃ、何も始まらないねぇ...前回、皆が次の世代へ向けてジャンプするなら肩を貸してあげるよ、と言ったのに跳び箱を飛ぶ前にスプリングボードまで、皆は助走すら始めていないじゃないか、どうしたの? と、しばし沈黙...授業を見に来た麻布の平野先生(教師になって麻布に着任した当時、皆でシゴいた先生なのだけど..イジメじゃなく、お友達感覚でね..)乱暴モノの古川がどんな授業をするのか偵察しに来たらしいが...「古川、生徒をそんな風に責めてはいけないなぁ」とボソボソ言いながら教員室に帰っていったけれど...私は生徒を責めているわけじゃありませんぜぃ..とは言っても私の人生観を語る会ではなく、授業は授業として進めなければならないので進行!! 

    さて、ここに掲げたリストが前回の授業後に書いてもらったレポートから抽出した皆さんの講師候補です。(文字が小さくて読めませんという人は、左のスライドをクリックしてください)「私の書いた講師案がリストにありません」って思った人は、今からノミネーションしてください。と、生徒が一人、「私はホリエモンの話を聞きたいです。」との声..
     ここに挙げた人たちを講師で呼ぶには、まず何故その人に来て欲しいのか、他の麻布生にとって何のメリットがあるのか?期待するスピーチの内容はどのようなものか? 「ただ誰かに憧れているので会いたいです」、じゃ話にならないので、具体的な提案とその人に講師となってくださいと、どのように口説いたらよいの?という手順も含めてメールもしくは、ブログのコメント欄に記入するようにと先週合意したつもりでした。どのようにそのプロセスを進めるかという手順を明らかにするために、ブログの中に提案書の書式、インテルの吉田社長を提案しますという私の書いた事例を提示したにも関わらず、具体的にそこまでの手順を踏んで提案してきたのは、高1のN.K.君から ウィルコムの八剣社長を提案しますという1件が今朝2時半に投稿されただけじゃないかい。
     あの人に会いたいんです、なんて1行だけ書いて実現するんじゃないかという甘い考えに付き合ってられないので、具体的な提案を出せなかった連中は全部切り捨てることにしようか...ということで、このリストの講師案は全部無かったことにします...という決定を毎日するのが大人の仕事では当たり前の世界なのです。もし、貴方が会社勤めをするか自ら経営者になって事業判断をしなければならない時には、愚痴を言うけれど何も行動に移さない人間の戯言は無視して必要なことを選択して行動に移す、そして愚痴ばっかり言っている人には辞めてもらうか、先ほどのフォロウワーとなって一生の間誰かの命令に従ってもらう機械の部品みたいな人生を送ってもらうという事になるわけです。

     まぁ、今日は授業の中のことでもあるので、敗者復活戦として、このリストにある講師候補を提案してきた人の中から先着5名に限り、この場所で提案をしてもらい候補者案に登録することにしましょう。誰か5人、俺はこの人を推薦します、と言う人は手を上げて!! 一人ずつ、皆さんの前で提案をしてください。 提案の仕方は、この人が好きですとか、憧れています、一度会いたかったなんて話ではなく、提案書の書式にあるような具体的な内容を論理だてて提言してくださいね、はいっ、最初は誰かな?
     という具合で、生徒からの提案をしばし受付ました。このようなインタラクション(相互交流)と与えられたテーマをその場で考えて即効提案するというスタイルに学生たちは慣れていないらしく、私からは「それじゃ、貴方がその人に会ってみたいと言っているだけで、ここに座っている他の麻布生にしてみると、その人誰?俺はそんな人に興味ねぇよ!と思われてしまうのじゃない?」なんて私の突っ込みに皆耐えながら良くボールを打ち返してきました。生徒諸君の態度を見ていると面白いのは、その間に段々つまらなくなってきて内職を始めるもの、お喋りを始めるもの、批判を口にするのだけど一人ごとを口にするだけでコミュニケーションが成立しないままブツブツ言い出す人が出てきます。3回か4回ほどでしょうか、私の口から「オイ、そこの2人うるさいからお喋りするなら外でやってくれ!」「オイ、君このまま外に出ても今日の授業は出席にしてやるぞ!」、「眠いならトイレに行って顔を洗って来い!」とか私から発言する機会多々あり...まぁ、私のスタイルだから決して叱責したり、恫喝する(校長代行みたいに)という雰囲気ではなく、優しく諭(さと)していたつもりなのだけれど...最近の子供たちは怒られることに慣れていないのか、皆慎重な面持ちであったなぁ..最後のスライドの”麻布生からの提案”は事前に準備したものではなく、まとめとして授業中に書き留めたものです。

    ソニーは、SMEの久夛良木健(くたらぎけん)社長や出井さんではなく、何で大賀さんなの?という問いかけに返ってきた生徒の答えに「ふーん」とついつい私も関心してしまいました。(本件割愛します。あしからず)
    Winnyの作者に対する想いとか..トロンの坂村教授、ガンダムの富野監督の話が次々と出ました。
     「先週の週刊アスキー進藤晶子さんのインタビューにて富野監督の素晴らしい話が出てきたけれど...皆読んだかい?」の質問に生徒は全く無反応...そこでまた、私は半分キレかかって、先週提案のあったガンダムの富野監督って誰どんな人と私自信は知らなかったので、今日までの1週間にアレコレ勉強してきたんだぞぉ、今日の提案者と話が合うぐらいには知識を蓄えて今日に望むという姿勢を52歳のオジがやっているのに、お前らどういう生活を毎日送っているの?と私はまたプッツン!!! それぞれの提案者に、それでその人の本を読んだりインターネットに書いてあることはどのくらい知識があるんだい?その人に関する公開された情報を読みもしていない状態で、ただ会いたいだの話を聞きたいのだのって考えは甘いのではないか?その人に失礼じゃないの?という話で、1時限目を割り込み、2時限目の20分ほど食い込んでしまいました。


     今日用意してきた、デジタルの世界の話、お話をする時間がなくなってきたので、講師案の書式の沿った形で匿名にてこのブログのコメント欄にチェックインすることで、議論を進めましょう。この授業の時間内で議論することはこれにて終了とします。今後のプロセスは個人メールなりコメント欄を使って進行することにするので、ひとまず休み時間...

    2時限目は、スティーブ・ジョブズの発表会とマイクロソフトの新製品Zuneの対比、デジタルの世界の全貌という話をします。

    では、ふるかわでした
    P.S.
    私の感想(授業中に話さなかったけれど、この部分は追記ね):最近の学生は自分の主張する論旨を固めて相手と議論し論破するなんてことに慣れていないのだろうなぁ、とつくづく感じてしまいました。私たちが麻布生の頃には、政治の話、哲学の話、文学の話、映画話、音楽の話、ありとあらゆる分野で秀でた人間が居て「三島由紀夫が云々」「ゴダールが云々」「フォエルバッファ論では云々」「マイルスが云々」と話を始めた瞬間に「お前は、何も解っちゃいねぇ」と突っ込んでくるヤツが居て、そいつの知識たるや大人の雑誌でコラムでも書くか、大学の研究者でもそこまで知らないだろうという深いレベルの議論で相手を木っ端微塵に論破するなんて輩が麻布生の中にはウヨウヨしていたものです。時代は、そのような攻撃的な反権力を振りかざすような刹那的な背景ではなく、平和な時代になったのは事実としても...人生を駆け抜けていく上での、「スピード感」これは普遍的なものであると思っています。私は本質的には、マッタリと芝生の上で昼寝をしていたい「ライ麦畑でつかまえて」のホールデン少年のような人生を送りたいと思っているのだけれど...今目の前で起きていることを全部自分の眼で見据えて、それに流されていくのではなく、その渦の中心に自分も近づき流れを創っていくほうが、人生楽しいよ、と言いたかったのです。
     私が授業中にチョッと怒ってみせた時に、「おい、そこの君お喋りしているのだったら一緒に外で話して終わってから教室に戻るか? それとも、このままフケても出席にしてやるぞ!」とある生徒に迫った時に、その生徒は神妙に黙り込むのではなく、「はい、もう話は終わりました。」と返してきた...貴方!! そのノリはとても素敵な素早い反応でした。そのまま貴方も怒って出て行ってしまっては、その後の場の雰囲気を壊しただろうし、黙ったまま沈鬱な空気で授業を続けるのも辛かっただろうけれど..お喋りは未だ終わっちゃいないだろうに..ひとまず「はい、もう話は終わりました。」と言葉を返してくるのは、"一休さんのトンチクイズみたいで微笑ましく感じました。
     今後も、そのノリでやっていきましょう!! 私たちの時代にそんなことを先生が生徒に言ったら、”椅子”か”生卵”あるいは”火の点いた爆竹”が生徒から先生に飛んで返ってきたことだろうなぁ...(ごめんなさい、平野先生..教壇の下に導火線付きの爆竹を仕込んだのは、私たちであります)

    14 september

    講師候補:インテル 吉田共同社長

    古川です。以下のようなフォーマットで講師を推薦してはいかがでしょうか?麻布生内部からの推薦をメールで何人か頂いていますが、下記に準じた形式で準備を進めて、今週土曜日の授業までに、本ブログのコメント欄に投稿するか、古川宛個人メールで送信してください。9月16日の授業で集計して順次講師の決定、講師依頼を進めていくことにします。

    リレー特別講座の講師案として以下の方を推薦します。
    インテル株式会社の吉田和正共同社長

    吉田氏の経歴と背景:
    吉田氏に関する古川のブログエントリ

    吉田氏に期待する講義テーマ:
    インテルの歴史的背景と今後のロードマップ
    ムーアの法則は今後も続くのか?今後のCPUは18ヶ月で2倍という法則を維持できるのか?
    インテルのプラットフォーム戦略 CPUや半導体事業だけではなく、インテル殿はプラットフォーム(将来の家庭や社会を支える基盤)として何を提案しようとされているのか?

    麻布生として受講することのメリット:
    デジタル社会を支えるCPU半導体の動向だけではなく、インテルの目指すデジタル社会の全貌に触れることができる。
    雑誌のインタビューでは聞けない話が聞けるかもしれない。

    吉田氏、インテルにとってのメリット:
    将来、インテルに入社したいなんて学生も出てくるかもしれませんねぇ...
    麻布生はスーパーコンピュータやチェスなどの世界大会への出場、入賞経験も豊富なので、Intel ISEFにエントリする学生への啓蒙が実現できるかもしれません。

    想定される質問:
    日本の市場、日本の技術、日本の若者に期待することは何か?
    外資系の社長をするのは大変ですか?
    将来のデジタル社会に対するビジョンその中でインテルはどのような役を演じようとしているのか?
    アップルのインテルCPU採用によって、何か変わったことはあるか?

    吉田氏のスピーチ事例:
    吉田共同社長が高校生に半導体の講義 において、米国で毎年開催されている国際科学フェア(Intel ISEF)へ出場する学生を対象にしたトレーニングセッションの中で、参加高校生向けの講義を実施した。

    Core2Duoのカウントダウン (2006年8月5日)

    第5回DMCシンポジウムにおいて、「デジタル社会のビジョンを示すけん引役になる」というセミナーを実施した。 (2006年8月29日)

    インテル・プラットフォーム・セミナーにおけるスピーチにおいて、viivテクノロジーを中心にしたプラットフォーム戦略を語った。(2006年1月10日)

     

    では、ふるかわでした
    P.S. 生徒の代表委員として名乗りを上げた方、メールにて古川あてに連絡をください。

    10 september

    「デジタルの世界」 2時限目

    9月9日(土)、10:20-11:10

    さて、10分間の休み時間に何か考えることはあったかな?

    ここに、特別授業に対する進め方に対する、私からの提案(ゴール設定)があります。まず、本特別授業は私から麻布生に与える(つまり用意した授業をそのまま提供する)のではなく、自分たちで企画した内容を実施していくんだ、という意識を持って欲しい。私も自分自身の準備と提案として、講師として招きたい人たちの候補を提案しますが...その講師たちの誰にどのような話を聴きたいのか、その候補たち以外に他にどのような人の話を聴きたいか、麻布生から候補者をリストアップしてもらい、私の候補者と皆さんの要望の中から講師を決定していこうと思います。それは、ただ皆さんが誰に会いたいとか、話を聴きたいと要望を出すだけではなく、「何故、その人の話を聴きたいのか?」「それは、他の麻布生にとってもどのような効果があると思うのか?」「どうやって、その人に講師になってくださいと、口説きに行けばよいのか?」...つまり、皆さんが誰の話を聴きたいと思ったときには、他の特別授業に参加している麻布生の支持を得るだけの説得力が必要であり、私がその人を連れてきてあげるなんてことを期待しては駄目で、貴方自信の言葉でその人に登壇頂けるように口説かなければ駄目ってことです。私は、どうやったらその人に会ってもらえるか、助言もしましょう。でも、主体となるのは君たち自信で、私は君たちのジャンプ台(跳び箱の前にあるスプリング・ボード)でしかないから、私を踏み台にしてどこまでジャンプできるか見守ってあげましょう。しかし、自分の望むことが実現できるかどうか、は君たち自信にかかっているので私は全ての責任を取りきれないと思うよ。つまり、8回のうち5回ぐらいは、既に候補としてこの人なら授業をしてもらえそうだという候補案が既にあるのだけど、少なくとも3回は君たちが話を聞いてみたい人を選択しその人と交渉し、もし期日までに実現できなければ、しょうがないけれどその日は休講ってのも有りにしましょう。

    今後、このような授業の進め方を父兄や一般社会にも認知してもらうことも必要かもしれませんね。講師として候補に挙がった人の名前やその方々に対する期待と要望事項、交渉のプロセスや、授業の内容、記録を全てネットワークで公開するという手法をとってみたいと思います。この授業が終わったらさっそく、ブログとメッセンジャーを使ったクラスルームを開設してみたいと思うのだけど..具体的なアクセス方法などは来週の土曜日にアップデートしましょう。

    8回の特別授業を、この場所(麻布学園の地下にある小視聴覚教室)で授業をするつもりなの?暗い地下でウットウしいし、視聴覚教室とは名ばかりで、20年以上前に買ったのかい?という大型テレビが天井から2台ぶら下がっているだけ..音響装置もまともなものが無いので、ほら、今日使っているマイクもPA装置も私個人が持ち込んだものなんですよ!パソコンの出力を投影するプロジェクタだけは、学校の備品を持ち込んだけれど、今後もこの薄暗い教室で授業を継続するのは気が滅入ってくるじゃない?

    そこで、提案なのだけれど今から麻布の近辺にあるセミナー会場、たとえば六本木ヒルズの会議場や麻布十番あたりのスタジオでセミナーホールのあるような場所を特別授業のために借りて、そこで授業をするってのはどうよ?麻布学園は予算が無いから、そんな費用は出せないというのは初めから判っているので、今後展開される授業をたとえば50人から100人分、一般公開席を設けて5000円ですなんて徴収をすれば、セミナールームのレンタル料金を自ら捻出して、さらにその後に毎回ピザパーティをしようぜ、ってノリで旨くいくかもしれないね!! さらに20席は無償の特別席を設けて、近くの女子高から聴講生を無料招待するってのはどうだい?麻布生なら、土曜日にこんな地下室でくすぶっていないで、そんな仕掛けをしてみないかい?
    (本当にこんなことを、講師で招かれた私が言ってしまって大丈夫ですか?と堀川先生の顔を伺ったのだけど、OKって顔をされていたので大丈夫でしょう!)今後、そのようなセミナールームからインターネット中継で授業を配信するとか、取材記者の方を招いて麻布の新しい授業の方法を記事にしてもらう、とか全8回をまとめて書籍にして、その印税を来年度の特別授業の費用に充当するとか、そんなことを検討し実現したいですね!

    さて、具体的に事を進めるにあたり麻布生側で主体的の特別授業を進める生徒代表を2から3人選定したいと思います。その人は、授業の内容を決定した後にその準備のために講師に口説きに行ったり、授業の方向性を一緒考え特別授業を創っていく人です。自薦でも他薦でも良いから、代表委員になっても良いという人はいるかな?6人の手が挙がったのだけれど、「よし全員、代表委員として当選!!」と決定して、話を進めます。

    さて、今後の話はともかくとしてまず2回目3回目以降の講師をノミネーションして、講師依頼と日程を確定していかなければなりません。ここに挙げたリストは現在の私からの講師案ということになります。 黄色の方々は私の方から既に打診を始めていて、日程の調整次第で講師をしても良いと内諾を頂いている人たちです。白い色の名前の方々は、他にこのような人たちはどうでしょう、今から一緒に口説きに行きませんか?という人たちです。内諾を頂いている人たちも、君たちがそんな人の話に興味は無い、ということなら、私の方からお断りしてくることもありでしょう。是非避けたいのは、せっかく私がお連れした方でも、興味が無いので途中で眠ってしまったとか、そのような失礼な態度で授業を受けるなら私が説得して来て頂いても意味が無いし、私も講師を無理にお願いして、結果として失礼な行為ゆえに自分自身の友人関係を壊したくありません。少なくとも、是非この人の話を聴いてみたい、という気持ちになってくれたら私からお願いして授業に来てもらうことにしましょう。..それぞれ、来ていただいた時にはこのような話をしてもらえそうですという詳細を授業中に話ましたが、その部分はこの要旨では割愛します。

    皆さん、誰の話を聴いてみたいとおもいましたか? その感想だけではなく他に誰の話を聞きたいとか、何をしている人の話が良いとか提案はありませんか? (私の講師案に対する反応と何人かの候補、麻布生から提案あり)

    今後の進め方として提案があります 。講師のリストアップは、ネットワークやメールなども活用して候補を挙げ、来週土曜日には候補の中から誰に依頼するかという決定をしたいと思います。リストアップをする人は、誰に会いたいというレベルの要求ではなく、その人に何故、何の話を聞きたいのか。それを実現すると麻布生に、そして講師の方にどのようなメリットがあるのか?今回のリレー講座のテーマ「デジタルの世界」と合致するものかなどを考慮して提案して欲しいと思います。麻布生代表と私は数日の間に個人メールでやり取りを開始するので、このメールアドレス(xxxxx@msn.com)に空メールを送ってください。クラスルームとしてSNS(ソシアル・ネットワーク・システム)を使おうと思うのだけど、みんなミクシィとか使っているのかな?と聞くと皆顔を見合わせて、それって18歳未満は表向きは使えないことになっていますけれど...と聞いてビックリ..それって本当のことなの?
    メッセは皆やっているようなので、今回のWindows Live Spacesがブログとメッセを融合した環境を提供しているようなので、そこにクラスルームを立てることにしました。

    といわけで、この場所が作成されたのだけれど...友人リストは麻布生のみの登録として、クラスルームの議論(リアルタイムのメッセもあり)で今後の授業内容を決定していくことにします。このブログも閲覧とコメントは一般公開の対象とすることにします。今後、外部の聴講生を受け入れる(場所が決まらないとねぇ...まず、六本木ヒルズに交渉してみようかな?)

    さて、2時限目の時間も残り少ないので質問の時間とまとめに入ります。
     まず、皆さんに聞きたいことは、今日この授業に参加するにあたり何を期待してきたの?それは、期待していたことと違った?そんなことを聞かせて欲しいな...「つまらなかった」ってことでも良いよ、何か反応はあるかな?
    今後の授業の進めかたとして提案のある人は?
    私の背景や主張に興味のある人は、「カレー 調理法」でググってみてね。

    手元にある紙に今日の評価を書いていってください。今後の授業に活かしたいと思うけれど、紙に書くのはこれで最後にして来週からはネット上のホームルームで会えればよいな、と思っています。

    では、来週またお会いしましょう。

    では、ふるかわでした

    麻布学園のリレー講座、「デジタルの世界」 その1

    このブログは、麻布学園のリレー講座「デジタルの世界」で提供された講座のプレゼン資料や講義要旨を配布し、麻布生の感想や今後の授業に対する要望を共有するスペースとします。麻布生の参加者だけではなく、一般の方々にも閲覧を許し公開していくつもりですので、運営上のルールなどを含めて授業に参加される皆さんと議論を尽くしていきましょう。 では、1時限目の内容をアップします

     9月9日(土)から港区の麻布学園にて、秋季特別リレー講座として「デジタルの世界」という授業を12月までに2時限ずつ8回受け持つことになりました。私は、昭和48年度の卒業生、古川享(すすむ)です。20数年間、マイクロソフトに関わる仕事をして昨年6月に引退しました。今年52歳になります。

    これから、「デジタルの世界」というテーマで授業を進めるにあたり、いくつか確認しておきたいことがあります。
      

     

     

      授業を始める前に、この授業におけるルールを確認したいと思います。まず質問のタイミングですが授業の途中にいつでも手を挙げて質問をしてください。質問らしい質問だけではなく「途中ででてきた言葉が理解できなかった」とか、「つまらねぇ!」というフィードバックでもなんでも結構です。 一所懸命ノートを取ることは必要ありません。今後、プレゼン資料の配布や講義要旨は電子的に配布することを検討しますので、言葉のひとつひとつを書き写すという行為は止めましょう。将来閲覧できるように、一応ビデオは廻しておきます。ノートは取らなくても良いけれど、気になるキーワードに出会ったら、それを書き留めておくのは良い作法かもしれません。 
     大事なお約束として、授業中に眠ることは禁止! もし授業中に眠っている人を見つけた時は、私は怒って途中で授業を中断して帰っちゃうかもしれません。もし、どうしても眠くなった時には、2つのオプションを皆さんに提案しましょう。一つ目は、眠くなったらその場で起立して眠気を覚ます。事前に許可など要りませんから、自分で眠気を払う努力をしてください。2つ目の選択は、席を立って教室を去ってください。私の考える麻布生の基本的権利として、つまらない授業、もしくは眠気を誘うようなくだらない授業であると感じた時に、「その環境から自ら離脱する権利を麻布生自信が留保する」のもOKだと思っています。私自身も、麻布に在学中はつまらない授業はサボって喫茶店に行くとか、Jazz喫茶に行くなんてことをしていた麻布生でしたので...つまらないと感じることから逃げ出すということも、麻布生のひとつの生き方として認めましょう。
     そうそう、私の在学中は、授業をサボることは正式に認められてはいなかったので、欠席がバレないように窓から自分の机と椅子を投げ捨てて、先生は「全員居るな?」と思わせてから...ふけていたものです。さらに、隣の教室から拉致してきた学生を椅子に縛りつけて、代わりに出席させるなんて乱暴なこともしていましたが..今の良い子は、そんなことしちゃ駄目ですよ!! そのかわりに、2つの権利、つまり授業中に立ち上がったりお手洗いで顔を洗ってくるのはかってにどうぞ、もしくは「つまらない授業だから、俺は出席しないでフケる」というのも結構です..だから、授業中に眠くなった時には、このルールを思い出してくださいね!!

     さて、今日お話するテーマは以下の通りです。
    私自身の個人的な履歴...先ほどの、ご紹介で古川講師はマイクロソフトに勤めて副社長を経験した方です..という話に「へぇーっ」って声が挙がっていましたが、講師の古川ってアンタ何者という点を話しておきましょう。それから、個人的な履歴とは少し距離を置きながら、麻布学園で学んだこと、学園紛争の話(私はまさしく、その当事者だったので)、その頃に学園がロックアウトされていたときに実施した「自主授業の話」それと対比する形で、この特別授業に対する問題提起とゴール設定、その進め方と講師案、具体的なアクションプラン、Q&A、まとめと進めていきます。

     まず、古川享の履歴「その1」でありますが、小学校の時代は成績1番が当たり前なんて人生を送り自信満々でありながら、教育大駒場(今で言うところの、筑波大駒場)の受験にすべり、不本意ながら麻布に来た、つまり中学受験で早くも挫折を感じ...小学生時代には、きっと皆さんも同じだったでしょうが...天才児と褒めちぎられたはずなのに、麻布学園に入ってみれば「俺って、ただの人だった」と痛いほど自覚させられる結果でありました。水泳部に入っても、旨くいかず..昔から好きだった鉄道研究会(その後、学校と交渉して研究会・サークルではなく、鉄道研究部として部に昇格を獲得。生物部や物理部と同じように部としての予算を麻布学園からせしめることに成功したわけです。(サークルや研究会では、予算が降りないからねぇ)。そんな対決を学園としながら、高校生になれば六本木のライブJazzスポットに朝まで居座り、明け方に麻布学園のクラブ部室で仮眠..そのまま授業に出て、昼からまてフケるなんてヤンチャの限りを尽くしていたのだけれど、そんな時に麻布の紛争が勃発して、その中心にいた文化祭の実行委員として紛争に関わりを持ったのでした。そんな生活だから、大学受験に何度も失敗して駿台予備校に何年も通うことになりました。その間に、予備校に行くふりをして、実は秋葉原にできたマイコンショップの店員をしていました。 大学は精神分析や心理学に興味を持っていたので一ツ橋や阪大にも受験したのだけど英語の成績がとにかく悪くて和光大学の人間関係学科になんとかすべりこんだのでした。
     大学入学までに、世間の人からは3年遅れを取っているわけだから、今後一生の間3年分周回遅れの人生を送るのかなぁ、と思ったのだけど...未だに競争の無い未踏の領域に打って出れば、いきなり一番になれるかも..という感覚でマイコンの世界に飛び込んだのでした。半田ゴテを持って海外遊学し、海外で購入したマイコンキットを組み立てると500ドルのキットが30万円から50万円で売れて、自分の分はタダ、なおかつアメリカ西海岸の往復飛行機代も捻出できる、なんてことを学生の頃に体験しました。その後、アスキーに入社して、プログラマーとか営業、はたまた日本語ワープロの共同開発やUNIXの日本語化などをするのだけど..(そこらの話はこの要旨では割愛させて頂くことにしましょう。)
     1986年にマイクロソフトの日本法人の初代社長を努め、その後会長や米国本社の副社長を経験するのだけど..就任当初から社長は5年しかやらない。私はスタートアップに関わりゼロを1にするのには自分が適任と思うけれど、1を10に、10を100にするにはもっとそれに向いた社長役が居るに違いないなんて思いで、どんどん権限委譲をしていきました。
     結果として2000年以降、数年間シアトル勤務も経験して米国本社の副社長もしたのだけれど、昨年の6月に会社を引退、その後は引退生活を満喫しています。具体的にはブログを書いたり、イギリスやアメリカの各地を旅行して写真を撮ったり、NPO活動を通じた社会貢献や保存鉄道の活動などに取り組んでいます。それから、慶應義塾大学の教授に就任して、今後設置される新設大学院の企画に参画したり、この麻布学園の特別講師を受けたりしています。


     
     麻布学園の氷上校長のお話の中で、「麻布には原点と呼べる記念日が2つあり、そのひとつは江原素六先生が麻布学園を創立した日で、もうひとつは紛争が終結して麻布学園が新生したタイミングだ」という発言をされています。私は、この紛争の真っ只中に麻布生として在籍していただけではなく、当時の文化祭実行委員の一人として紛争の実態を自ら写真に撮り新聞社やテレビ局に記事として取上げてもらう広報PR担当者をやっていました。麻布学園の紛争は、多くの大学紛争のような目的を失った学生活動の無意味な反権力闘争やセクト間の争いではなく、写真に映っているような学生服を着た麻布生たちが、学園を食い物にして私財を肥やそうとしていた「校長代行」に対する退陣要求であったと理解して頂きたいと思います。校長代行は当時学園内を竹刀を持って徘徊し、髪の毛が長い、校則に反する服装である、遅刻をしたなどの理由を楯に生徒を恫喝するなどの暴挙を繰り返していました。我々の紛争は、麻布学園に自由を取り戻す戦いであり、その自由とは何をしても良い自由ではなく、圧政の中で強いられる規律ではなく、自らを律する姿勢を貫き何を良しとするかは、麻布生一人ひとりの選択に委ねて欲しいという要求でした。今日、この授業を受けている全ての麻布生はジーンズにTシャツもしくは自由な服装で髪の毛の長さもそれぞれ、そしてさすがに今日はオレンジや緑色に髪を染めた人はいませんが(実は今日の麻布生の中でも、文化祭や体育祭の委員たちには、赤、緑、オレンジの髪は標準形なのだけど)...今日この日に、学生服に短髪ではなく茶髪に自由な服装で登校できるという自由は、まさしくこの紛争の結果麻布生が得た権利なのです。私たちが望んだ自由はさらに、「上質の自由」とも呼べる自由で、「個を尊重する」という姿勢です。それは単に制服を廃止したり、権威の象徴である制服を完全に否定するのではなく、制服を「標準服」という名前で残し....私服もしくは標準服を着るかは麻布生が自ら選択するという「自由」なのでした。
    その背景には、親子代々麻布生で詰襟の黒ボタンに憧れていました、と言う人からそのアイデンティテイを取上げてはいけないと思いもありました。そして、当時から麻布生はそれほど裕福でない家庭の子息で私学の学費として麻布ならなんとか支払えるという家庭のお子さんに、毎日自由な服を着られてはお金が持たない...なんて場合には、標準服を着せて通わせたいという親御さんもいらしたわけです。むしろ、我々麻布生は私服でいても標準服を着ていても、そのようなことで相手の人格を否定したり規定せずに、相手の内面を見て判断するという姿勢を規範とすると考えていたので、私服で学園に通うか今日は標準服で通うかは、麻布生にその判断を委ねて欲しい、それが我々が奪い取る「自由」の姿なのだ..と思っていました。 そして、それが麻布学園の創設当時から守られた江原素六先生の建学の精神「自由と規律」のもつ意味なのだと解釈していました。
     
     さて、今日はリレー講座で「デジタルの世界」の話をしますと言いながら、何故個人的な履歴や紛争の話を延々としてきたかという点に触れましょう。紛争を経験した当時の麻布生は制服の問題だけではなく、あらゆる経験をしました。麻布学園の中庭で多くの学生が制服で雨の中を座り込み、校長代行に対話集会への出席を要求していたところ、校長代行の要請でいきなり正門から警察機動隊が学園内に踏み込んできて、一人ひとりを「ゴボウ抜き」にして麻布生を学外に排除しました。その後、学園の門は封鎖「ロックアウト」され近づくものは警察が警備排除する、という異常事態となったのです。その当時、学園内に入ることを許されなかった麻布生たちは、これ幸いに遊び回っていたわけではなく自主授業を自ら運営し、講師としてお話をいただく方々に直接交渉して出演依頼をし、自主授業をする場所を探し、それにかかる必要経費を寄付などで捻出するという活動をしていました。
     その自主授業とは、先生が用意した授業を単に受講するという姿勢ではなく、自分たちの聴講したい授業を自ら創るという姿勢でした。さて、今日から展開する特別授業ですが...私からの質問です...皆さんにとっての特別授業は、私が用意した内容と私が依頼した講師に連続して授業を実施してもらうという受動的な関わりで良いのでしょうか?今から、10分間の休み時間に皆さん、考えてみてください。自分たちが受講したい授業内容を、自ら能動的に関わるにはどうすれば良いのか..私は、来週以降どのような講師にお話をして欲して頂こうかという講師案を持ってはいます。しかしながら、それをそのまま受け止めて単に用意された授業を聴くだけで、皆さんは満足なのでしょうか?ちょっと考えてみてから、どのように特別授業を進めるか...残りの1時間で検討してみましょう。では、お休み時間とします。

    では、ふるかわでした
    P.S. 長文にて失礼しました。

     
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